副詞誤訳シリーズ(翻訳書の『明らかに』『効果的に』『技術的に』には特に要注意)

TL;DR

  • 「(本当にそうというわけではないが、)事実上」と訳すべき effectively が「効果的に」と訳されてしまう 
  • 「見たところどうやら〜のようである」と訳すべき apparently が「明らかに」と訳されてしまう
  • 「一見まるで〜かのように見える(しかし、実際にはそうではないので、見かけに騙されてはいけない)」の意味の apparently すら「明らかに」と訳されてしまう
  • 「例外があることを認めつつ話の根幹としては」という意味の essentially が「本来」と訳されてしまう

という誤訳が理工書などで散見されるので、みなさん注意しましょう

Kory — 2026/05/03 15:35 apparently って「明らかに」より「どうやら」のほうが尤度高くないですか?? hsjoihs — 2026/05/03 15:36 「見かけに騙されないように注意してね」の義の apparently が「明らかに」と訳されている例も「どうやら」と訳されている例も観測したことがあります Kory — 2026/05/03 15:37 そ、そんな…… その取り違えは局所的にも意味が通らなくなる気がしますが…… hsjoihs — 2026/05/03 15:37 はい 局所的にも意味が通らないような訳文を書く人は、残念ながら世の中に多数存在します Kory — 2026/05/03 15:38 そんなぁ〜

 

なぜこの記事を書こうと思ったのか

このミスによって局所的にも意味が通らないような訳文を何度も見てきており印象に残っていた、というのが 1 つ。

もうひとつは、本業の「オートマトンと形式言語理論」の授業を執筆している最中に 「この essentially ってひとことで和訳できないな〜」と思った、というのが 1 つ。

 

ミスの具体例① [essentially]:ラウドン有機化学

ラウドン有機化学(下)原著第6版 第1版第1刷 2019 年 1 月 9 日発行

p.767 にこうある。

§11・5B で学んだように,プロトン化した第三級エポキシドは効果的に遮蔽されたカルボカチオンであり,枝分かれの多い炭素原子で求核剤と反応する.ここでもこの反応が起こる。

この日本語文を見たときに自然に思いつく解釈は、
「世の中には『効果的な遮蔽』と『そんなに効果のない遮蔽』があって、ここでは前者について話しているんだなぁ」
しかないだろう。

しかし、これは誤訳である。私はこれを見て、真っ先に「あっ、これは effectively の訳語を間違えたことによる誤訳だな」と判断した。

そこで、原著を確認したところ、p. 866 にこうあった。

As we learned in Sec. 11.5B, protonated tertiary epoxides are essentially shielded carbocations, and they undergo reactions with nucleophiles at the more-branched carbon atom.

effectively ではなくて essentially であった。いずれにせよ、誤訳である。

詳しく見ていこう

文中で言及されている §11・5B では、このような記載がある。

プロトン化したエポキシドの構造的特徴から,これが第三級カルボカチオンと同じようにふるまうと予測される。

原文は、こう。

The structural properties of the protonated epoxide show that it can be expected to behave like a tertiary carbocation.

to behave like A「A と同様にふるまう」ことが期待できる、と書いているということは、「プロトン化したエポキシドのことを『カルボカチオンである』と断言するわけにはいかない」という留保を込めた上で、同じような挙動を示すのだという事実を伝える意図でこの文は書かれているはずである。

さて、ここで記事冒頭で引いた Collins COBUILD Advanced Learner's Dictionary での essentially の説明を見てみよう。

You use essentially to indicate that what you are saying is mainly true, although some parts of it are wrong or more complicated than has been stated.

「言っている内容が、概して正しい(ただし、その一部に関しては誤っていたり、言っている内容よりも実は複雑であったりする)」ということを示すのに essentially という語を使う。

www.collinsdictionary.com


特に、ここに挙がっている例文

The company won the contract by essentially saying it would do the job for free. 

が好例であろう。実際に契約書に「無料でやります」と書いたわけではないけれども、「事実上『無料でやります』と言ったも同然」のことをしたことで、契約を勝ち取った、という文である。

このように、essentially は「説明のために過度に単純化していますよ」という留保を表すのに使える語である。
protonated tertiary epoxides are shielded carbocations「プロトン化した第三級エポキシドとは、遮蔽されたカルボカチオンである」という主張をしてしまうと少々過度な単純化になってしまうので、この主張全体を修飾(いわゆる文修飾)するために副詞 essentially で留保をする、というのが著者の意図である。


これを「プロトン化した第三級エポキシドは効果的に遮蔽されたカルボカチオンであり」と訳してしまうのは明らかにマズい。日本語の係り受けとして「効果的にカルボカチオンである」とは言えるはずがないので、ここに「効果的に」と書いてしまってはそれは動詞「遮蔽された」を修飾する語としか解釈できなくなってしまう。

「なぜ essentially はこんなことになっているのか。納得がいかない」

essence というのは、雑多で複雑な俗世から「抜き出して」きた髄の話をしていて、髄でないところを捨てるという話をしている。ゆえに、髄だけを見たいのか、それとも捨てた「髄でないところ」にも思いを馳せたいのかによって、解釈が

  • ごちゃごちゃしてるけど〜という話が本質ですよ
  • 事実上〜も同然ですよ。まあ例外があることは認めますけど、話の本筋・根幹は〜ですよ

の両方のニュアンスとして振る舞えるのである。

ミスの具体例② [technically]:入門 監視

手元に書籍の現物がなく、メモしか残っていないので最新の版では直っているかもしれないが、2023 年 6 月に遭遇したということを書き残しておく。

技術的に言えば、HTMLはDOMではなく、DOMはHTMLではありません。

会社の同僚が、これを見て「なんだか難しい話に感じられる。」と書き残していたのを見て、「いや! それはなんか深遠な背景があるわけじゃなくて、普通に誤訳です」と説明した。
そのときの説明を転記する。

これ端的に言うと Technically speaking, って表現の誤訳です(あまりにもよく遭遇する誤訳なので、もはや日本語の技術者コミュニティでの慣用句と見なすべきだけど)。この Technically speaking, は「厳密にいえば」と訳すべきで、「本当に細かいことを言うと~だけど、まあ実際は」というノリの表現です。 https://en.wiktionary.org/wiki/technically
  1. Based on precise facts, which, however, may be contrary to common misbelief or to a traditional name.
  2. Based on formal (de jure) arguments, which, however, may be misleading.

にも「厳密な事実に基づいてはいるが、それはそれとして」というノリであると書いてある
あとはこの漫画とかも technically, の温度感を掴むのにいいかもしれません https://xkcd.com/1475/

"Technically that sentence started with 'well', so--" "Ooh, a rock with a fossil in it!"

xkcd.com

この漫画を詳しく見ていこう。
二人の人物が会話をしていて、片方が

Well, technically, food is a "drug", since it's a substance that alters how your body works, so yes, I'm—

つまり、食べ物というのは身体のはたらきに変化をもたらす物質であるから technically には “drug” である、という明らかな屁理屈を唱えているのに対して、もう片方が

Hey, look at that weird bug!

と、相手の屁理屈を意に介さず、いなしている。

そして、一番下に

My life improved when I realized I could just ignore any sentence that started with "technically."

つまり、「technically という語で始まる文は無視していい、と気付いたことで人生が好転した」と書いてある、というオチになっている。

 

この漫画シリーズ xkcd には、有志による解説サイトがあるので、それも見てみよう。

www.explainxkcd.com

Usually, when the word "technically" is used to start a sentence, the remainder of the sentence tends to follow one of a number of patterns:

An explanation which is far more complex than the listener needs/wants.
"Technically, a bug is a very specific order of insects, including aphids, cicadas..."
A justification of a particular (usually unpopular) viewpoint through an unusual technical definition.
"Technically a tomato is a fruit, so there is no reason it shouldn't be used in a fruit salad."
A pedantic overapplication of rules or laws, often to avoid the inquiry through a technical and usually unrelated loophole.
"Technically, American flag napkins are illegal."
The speaker repeating a 'little known fact', believing that they sound incredibly knowledgeable. In many cases these 'facts' are actually false, as in the example to the right (see the 10% of the brain myth).
"Technically we only use 10% of our brains, so imagine what we could do if we used 100%!"
An attempt to disguise an outright lie as a simple misunderstanding in point of view.
"Technically, we're not wolves. We're coyotes."

Cueball, possibly representing Randall, has decided that any sentence beginning with the word "technically" is highly likely to be completely worthless for him to listen to; so whenever he hears it at the beginning of a sentence, he allows himself to be distracted by anything which happens to be around.

このように皮肉る漫画が出るくらいには、文修飾の technically というのは「注意を払う実利が乏しい、かなりの屁理屈」を示唆する語として使えるのである。

 

先ほど私が

技術的に言えば、HTMLはDOMではなく、DOMはHTMLではありません。

を「本当に細かいことを言うとHTMLはDOMではなく、DOMはHTMLではないのだけど」と訳すべき、と述べた理由がお分かりいただけただろうか。

このようなことも相まって、私は technically は「重箱の隅をつつくと、」などと訳出することもある。

「重箱の隅をつつくと、C 言語の 1 byte は 8 bit とは限らないが、まあ皆さんがお目にかかる事実上ほぼ全ての実装で 8 bit である」というタイプのやつ。

なお、逆に重箱の隅をつつかないことを表す副詞が practically であり、今回紹介した technically とは対義語のような使われ方をする。理工書を読んでいて「技術的には〜だが、実質的には〜だ」という訳文を見かけたら、この記事のことを思い出していただければ幸いである。

余談

関連して、technicality という語についても紹介しておこう。これまた Collins English Dictionary を引くと、a petty formal point arising from a strict interpretation of rules, etc と説明されている。

www.collinsdictionary.com

ここで petty「些細な、つまらぬ」という語が用いられている。例文として挙がっている the case was dismissed on a technicality というのは、「事件を起こして多大な損害を招いたアイツはどう考えてもしょっ引かれるべきなのだが、法の条文にしょうもない不備があったせいでアイツをとっちめてやることができなかった」といったニュアンスである。

ということで、ソフトウェアエンジニアリングの文脈では、technicality という語は「本来こんな実装詳細なんて気にしなくていいはずなんだけど、実際にはここの実装がこうなっているせいで困りごとが発生してしまって」といった話をするのに使える、現実に起こっている厄介さを表す語として機能することが多い。

そして、このニュアンスで technical という語が(特に technical details というフレーズで)用いられることも珍しくない。しかしこれを「技術的」などと訳してしまうことで、「『技巧的で優れている』というニュアンスを持った肯定的評価」であると読み違える人が多発している印象がある。

余談の余談

先ほどの「なぜこの記事を書こうと思ったのか」に書いた essentially noncontracting grammar の話をきっかけに、2026 年 5 月 3 日に私はこの「副詞誤訳シリーズ」について「記事かなんか書いた方がいい気がしてきたな」と思っていたが、思っただけでそのあと放置していた。

そうしたら、2026 年 7 月初頭に、やたら technically の訳語についての話題が TL に流れてくるようになったのを観測した。その際にも「『副詞誤訳シリーズ』の記事を出すべきだなぁ」と思いつつ、書かなかった。

当時は「なぜ盛り上がっているのだろう」と気に留めなかったが、いまこの記事を書くにあたってちょっと検索をかけたことで理解した。なるほど政治マターね。

 

 

これにまつわる議論を色々読んだことで、以下のような補足をすべきだなぁと思った。


当記事は、「technically に皮肉・屁理屈的な用法がある」ということを知らないことによる誤読(および、この用法を知らない訳者が訳した本を読む人が混乱をきたすこと)を避ける目的で執筆したものであるが、文修飾の technically は全て皮肉・屁理屈的な用法であると決めつけるのも誤りである。たとえば、Wikipedia で "is technically a" で検索をかけると、

Urfa biber is technically a red (chili) pepper, ripening to a dark maroon on the plant.

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Urfa_biber&oldid=1339670280

A hubcap is technically a small cover over the center of the wheel, while a wheel cover is a decorative metal or plastic disk that snaps or bolts onto and covers the entire face of the wheel.

https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Hubcap&oldid=1347940037

というふうな例がすぐに見つかる。

 

ミスの具体例③ [apparently]:私家訳 シュメール語文法入門 Vol. I - II

「明白な」「明らかな」という意味を表すのには、is apparent(文法用語を使うなら、叙述用法の形容詞としての apparent)という形を用いることができる。

 

では、これに対応する副詞「明らかに」を意味する表現はどうなるだろうか。

 

オーレックス英和辞典 第 2 版をひもとくと、apparently の項にこのような補足がある。

p.81

形容詞 apparent の ❶ に対応する「明らかに」の意味では clearly, evidently, obviously などを用いる。

 

そう、記事冒頭で述べたように、apparently という語は

  • 「見たところどうやら〜のようである(し、その推測に疑いの目を向けるべき積極的根拠も特にない)」
  • 「一見まるで〜かのように見える(しかし、実際にはそうではないので、見かけに騙されてはいけない)」

というほぼ正反対の 2 種類の意図を示唆できる語であり、そのうえ「明らかに」の意味で使われることは少ないという、極めて厄介な単語なのである。

 

2 種類の意図が両方出てくる好例として、 Introduction to Sumerian Grammar by Daniel A. Foxvog と、ゆー (@uyum)  さんによる翻訳を紹介する。

文脈

シュメール語は楔形文字で書かれるメソポタミア南部の言語であり、4000 年前に口語としては用いられなくなったもののその後 2000 年間ほどメソポタミアのアッカド語話者に文章語として用いられ続けたという稀有な経緯を有し、極めて多数の文献記録があるものの表音性が若干低い書記体系であったため語形変化が隅から隅まで克明に分かるというわけではない。

ゆえに、文法書を書く上でも「ここは推測になってしまうのだが」となっている箇所が多く、実際 160 ページほどある原著の中で apparently は 16 回登場する。(ただし、いま私の手元にある和訳は原著 p.43 までの翻訳であり、この範囲に限ると apparently の登場回数は 3 回である。)

 

そして、そのうち 15 回が「見たところどうやら〜のようである(断言はできないけどね)」であり、1 回だけ「一見まるで〜かのように見える(でも見かけに騙されてはいけない)」の意味で用いられている。今回題材に挙げるのは、この 1 回のほうの箇所の誤訳である。

 

なお、訳者序に「不審な点や間違いを見つけた方はぜひご連絡いただければ幸いです」とあったことを根拠に、技術書典でこの同人誌の初版 (2024 年 4 月 1 日) を購入した私は、対面でご本人に「これは apparently の誤訳ではないか」の旨を指摘した。その場で原文の PDF を開いて確認していただけたため、今の版ではきっと直っていることであろう。

 

pp. 80-81

これらの助母音helping vowelは、OBの擬古シュメール語classical OB Sumerianでは規則的に表記されますが、それ以前の時代では、少なくとも文字では頻繁に省略されます。そのため、サルゴン期以前のテキストやグデアのテキストでは、lugal-ni《彼の王》や lugal-ne《王たち》と書かれるところ、後のアッカドの書記は規則を守り、lugal-a-ni や lugal-e-ne と書いています。話し言葉の慣習との接点を失った後代の書記たちは、助母音を接尾辞の必須部分とみなすようになり、lú-ne < lú+(e)ne《男性、人》の代わりに lú-ù-ne のように不要なところに助母音を書くことさえあります。初期の、明らかに「欠陥のある」文章を校正する誘惑に負けて、例えば lugala-ni、lugal(a)-ni、lugal-(e)ne のように、/a/ や /e/ を実際のテキストの翻字に挿入してはなりません。(中略)lugal-ni、lugal-ne と翻字しましょう。

(強調は引用者)

 

対応する箇所の原文は、以下の通り。

These helping vowels are regularly written in classical OB Sumerian, but are frequently omitted, at least in writing, in earlier periods. Thus, a Pre-Sargonic or Gudea text may write lugal-ni 'his king' or lugal-ne 'kings', while the later Akkadian scribes will adhere to the rules and regularly write lugal-a-ni and lugal-e-ne. Having lost contact with the practices of the spoken language, later scribes even begin to regard the helping vowels as required parts of the suffixes and often write helping vowels where they are not needed, as in lú-ù-ne instead of lú-ne < lú+(e)ne 'men, persons'. Do not yield to the temptation of adjusting early, apparently "defective" writings by inserting an /a/ or /e/ into your transliterations of actual text, e.g. lugala-ni, lugal(a)-ni, or lugal-(e)ne. The Sumerians probably pronounced the helping vowels, but they felt no need to write them consistantly, and neither should we. Transliterate as written: lugal-ni, lugal-ne, etc.

(強調は引用者)

 

直後の defective という単語が二重引用符で囲まれている (scare quotes) ことからも分かるように、ここでの原著者の意図は、「古い文献に見られる lugal-ni や lugal-ne のような表記のことを defective(不完全)なものであると思うべきではない。翻字のときに勝手に補ったりするんじゃないぞ」というものである。

ゆえに、ここの apparently "defective" は「一見まるで defective かのように見える(でも見かけに騙されてはいけない)」と読むしかない。

 

せっかくなので、「見たところどうやら〜のようである(断言はできないけどね)」のほうの apparently も見ておこう。

p.93

Note in passing that, unlike mu-√ forms, im-√ verbal forms are apparently nonexistent in Lagash I Pre-Sargonic texts and begin to appear regularly only in the time of the Gudea inscriptions. Perhaps the /mu/ allomorph served the same purpose as /(V)m/ in Old Sumerian.

(強調は引用者)

これは、

  • Lagash I Pre-Sargonic の時代ではそういった形はどうやら存在しないっぽい
    • もちろん、新規の発掘でそういう形が出土する可能性はいつだって排除できないけどね
  • Gudea の頃にならないと登場しない(少なくとも、我々が今知っている範囲では)

という留保の表現である。当然、「見かけに騙されてはならない」という意図は全く入っていない。この段落全体が「確信はできないなぁ」というモードであることは、次の文の Perhaps からも読み取れることだろう。

まとめ

翻訳書を読んでいたところ、『明らかに』『効果的に』『技術的に』『基本的に』『本質的に』などと書いてあるのに遭遇したけれども文章の筋がなんか通らない。納得がいかない

→ それは apparently, effectively, essentially, technically などの厄介な副詞が誤訳されてしまっているのかもしれない!

 

ということを意識していただくと、不毛な悩みが減る可能性がある。

締めの余談

以上を見て、「「「やっぱ英語ってカス!」」」という気持ちになった人も多いのではなかろうか。

まあその気持ちも分かるけれども、

「〜は確かで、」と言えば定まった事実であるという意味であるのに、「たしか〜は〜で、」と言ったら事実かどうかを断定せずに留保する表現になるという仕様の日本語も、大概であるのであって。

2026/09/18 追記

なお、最終的には私は essentially noncontracting grammar の essentially を副詞としてそのまま訳出することをやめ、「唯一の例外は何であるか」を明記する方法で訳すことにしました。

ちょうど、この記事を最初に書いたときに golden_lucky さんからいただいた ↓ の通りで、

これらの副詞に関しては、日本語での 1 語の副詞として訳出する以外の方法を考えた方がより伝わる翻訳になることがままあるなぁと思います。

シュタイナーの内接楕円;Marden の定理;複素数 α, β に対する α cos t + i β sin t (-π ≦ t < π)

高校数学の美しい物語にシュタイナーの内接楕円および Marden の定理が掲載されているが証明が略されていた。ということで、自力で証明してみた。

証明を試みている最中に、それ単体で面白い補題が得られ、J. Koizumi さんに話したら「へぇ知らなかった」との感想をいただけたので、せっかくなら放流する。

補題

補題の主張は、以下の通りである。

複素数 α, β に対して、複素平面上の α cos t + i β sin t (-π ≦ t < π) は ±√(α² - β²) を 2 焦点とする楕円(または、退化して線分や点)を描く。

同じことではあるが、iβ を改めて β と置けば、こう書くこともできる。

複素数 α, β に対して、複素平面上の α cos t + β sin t (-π ≦ t < π) は ±√(α² + β²) を 2 焦点とする楕円(または、退化して線分や点)を描く。

なお、複素数において、√の「どちらが + でどちらが - であるか」を考えることには意味がないが、「±√」を考えるぶんには特に問題がないことに留意。そういうところが気になる人は、それぞれ「z² = α² - β² の2根」「z² = α² + β² の2根」と読み替えていただきたい。

補題の図示

恒例の Desmos

www.desmos.com

補題の証明①: ゴリ押し

α cos t + β sin t および α² + β² のほうで書く。
図全体を上手い角度で回せば α² + β² を実数とできる。

α² と β² がともに実数であるとき:
片方が実数、片方が純虚数であるなら明らかに楕円であり焦点も所望の位置にある。
「両方が実数」や「両方が純虚数」のときは明らかに退化。
α² と β² がともに実数であるというわけではないとき:
全体を上手く拡縮すれば、α² ∈ ℝ + 2i および β² ∈ ℝ - 2i とできる。
ゆえに 0 でない実数 k, l を用いて α = k + ik⁻¹ および β = l + il⁻¹ と書ける。このとき α² + β² = (k² - k⁻² + 2i) +  (l² - l⁻² - 2i) = k² + l² - k⁻² - l⁻²

www.desmos.com

ここでさらに (k, l) = (rcosφ, rsinφ) と置くと、
α cos t + β sin t = rcos(φ-t) + i(rcosφsinφ)⁻¹sin(φ-t) と書ける。
ということで、長半径・短半径が r および (rcosφsinφ)⁻¹ である楕円。
ここで「中心と焦点との距離」の2乗は |r² - (rcosφsinφ)⁻²| = |r²cos²φ + r²sin²φ - (rcosφ)⁻² - (rsinφ)⁻²| = |α² + β²|、よって示された。

補題の証明②: 中線定理を使った比較的エレガントな証明

「もっと幾何的な解釈とかできないかなぁ」とか言っていたらhedalu244が解いてくれた。

α cos t + iβ sin t および α² - β² のほうで書く。

z(t) = αcost + iβsint, w = √(α²-β²) として |z(t)+w|+|z(t)-w| = const. を示す。

 cost = (e^(it) + e^(-it) )/2
isint = (e^(it) - e^(-it) )/2
なので、

  z(t)
= αcost + iβsint
= α(e^(it) + e^(-it))/2 + β(e^(it) - e^(-it) )/2
= (1/2)( (α+β)e^(it) + (α-β)e^(-it) )

ここで、 p = √(α+β), q = √(α-β) とすると、
  z(t) = (1/2)( (p²)e^(it) + (q²)e^(-it) )
     w = √(α²-β²) = √(α+β)(α-β) = pq
と表せる。

  z(t) ± w
= (1/2)( (p²)e^(it) ± 2pq + (q²)e^(-it) )
= (1/2)(pe^(it/2) ± qe^(-it/2) )²

  | z(t) ± w |
= |(1/2)(pe^(it/2) ± qe^(-it/2))²|
= (1/2) |pe^(it/2) ± qe^(-it/2)|² 

ところで、一般の複素数ABについて、
|A+B|²+|A-B|² = 2(|A|²+|B|²)
が成り立つ(中線定理)。これを利用すると

  |z(t)+w| + |z(t)-w|
= (1/2) |pe^(it/2) + qe^(-it/2)|² + (1/2) |pe^(it/2) - qe^(-it/2)|²
= |pe^(it/2)|² + |qe^(-it/2)|²
= |p|² + |q|² (∵|e^(it/2)|=|e^(-it/2)|=1)
= |p²| + |q²|
= |α+β| + |α-β|

これはtによらない定数。よって示された。

本題

面白い補題も示せたので、本題に入る。

シュタイナーの内接楕円

任意の三角形に対して,各辺と中点で接する楕円がただ一つ存在し、これをシュタイナーの内接楕円と呼ぶ。

「高校数学の美しい物語」は

楕円の自由度が 5 (平行移動2,短軸の長さ,長軸の長さ,回転)であるのに対して「各辺と中点で接する」というのは 6 つの制約になります。そう考えると,このような楕円が存在するのは少し不思議です。

という書き方をしているが、「正三角形の各辺の中点に接する円が存在する」という極めて有名な事実を利用すればほぼ明らかであろう(円を線形変換すると楕円になり、線形変換は線分比や「曲線が直線に接する」という条件を保つため)。

 

ということで、シュタイナーの内接楕円をパラメータ表示しよう。方針は以下の通り。

原点が重心であり、内接円が単位円となる正三角形 A'B'C'(ここで A' (2i), B' (-√3 - i), C' (√3 - i) とする)を線形変換することで、重心が原点である一般の三角形 ABC(ここで A (-b-c), B (b), C (c) とする)に関して「三辺の中点全てで三角形に接する楕円」をパラメータ表示できる。

B' および C' を B および C に飛ばす線形変換であるのだから、1 を (c - b)/(2√3) に写し、i を -(b+c)/2 に写す。よって、cos t + i sin t が写る先は (c - b)/(2√3) ⋅ cos t - (b+c)/2 ⋅ sin t である。

Marden の定理

Marden の定理は、以下のような主張である。

3 次多項式 f(z) に対して、 f(z) = 0 の 3 根を 3 頂点として持つ三角形を考える。このとき、その三角形に対するシュタイナーの内接楕円は、f'(z) = 0 の 2 根を焦点として持つ楕円である。

これはガロア群(解の入れ替え)的な意味で面白い。
三角形の「心」というのは、たいてい

  • a, b, c の対称式で書ける、1 つの点(重心・垂心・内心・外心など)
  • 「{a,b} vs. c」「{b,c} vs. a」「{c,a} vs. b」で書ける、3 つの点(傍心など)

というふうに、対称群 S₃ の部分群として {e} か C₃ を見せるのが相場だと思っていたが、この楕円の 2 焦点は部分群 C₂ のほうを見せてくれているのである(ここフィーリングで書いていて真面目に考えていないので言い回しとかミスってたらご連絡いただけますと幸いです)。

2026/6/7 23:00 やっぱりミスってました。ご指摘くださった b2563125 さんありがとうございます。

S_3の件ですが、書いてある群が逆で、3点の重心/傍心/シュタイナー楕円の焦点に対応するものは、
・部分群の言葉で書くなら、S_3の部分群S_3/S_2(\iso C_2)/A_3(\iso C_3)
・作用の言葉で書くなら、S_3の1点/3点/2点可移作用

になります(その点を固定する群は何かを考えると対応がわかる)

hsjoihsさんが書いてる群は、固定化群の補群( https://en.wikipedia.org/wiki/Complement_(group_theory) )に対応していて、元の作用をその部分群に制限すると,
sharply-transitiveになっているが、
・このような部分群は存在するとは限らない(例えば、C_4の2点作用を考えると反例になる)
・このようは部分群は(up to isoでも)一意とは限らない(例えば、D_4の4点作用を考えると反例になる)

ので、作用を見るときは固定化群を見る方が都合がいいです

Marden の定理の証明

ここまでで示したことを使うと一瞬である。いま重心を 0 と置いているので a = -b-c、つまり f(z) = (z-a)(z-b)(z-c) = (z+b+c)(z² - (b+c)z + bc) = z³ - (b² + bc + c²)z + bc(b+c)

つまり f'(z) = 3z² - (b² + bc + c²) なので 2 根は ±√((b²+bc+c²) / 3)

ところで (c - b)/(2√3) の 2 乗と - (b+c)/2 の 2 乗を足すと (4b²+4bc+4c²) / 12 = (b²+bc+c²) / 3 になる。よって示された。

「正方形に内接する円」にパースをかけるときは、等脚台形に加えて、上底と下底の長さの「相乗平均」を太さとする帯を描けばよい

結論

Desmos

https://www.desmos.com/calculator/biqupq0hog?lang=ja

導出

投影面上の等脚台形 abcd を考え、その上底の長さを $2x_1 (> 0)$, その下底の長さを $2x_2 (> 0)$, 高さを $y_1$ とする。 $x_1 \ne x_2$ かつ $y_1 > 0$ としよう。

視点の位置 E が $(0,0,0)$、投影面の位置が $z=1$ であるように座標を入れると、未知量 $Y$ を用いて a$(x_1, Y, 1)$, b$(-x_1, Y, 1)$, c$(- x_2, Y+y_1, 1)$, d$( x_2, Y+y_1, 1)$ と書ける。(要するに、台形と視心の投影面上での距離をまだ知らないものとし、未知量 $Y$ と書く)

未知量 $Z$ を導入する。a$(x_1, Y, 1)$, b$(-x_1, Y, 1)$, C$(- Zx_2, Z(Y+y_1), Z)$, D$( Zx_2, Z(Y+y_1), Z)$ の 4 点が正方形 abCD を成すようにしたいが、それには以下の 4 つの条件を同時に満たせば十分。
① $\vec{ab} = \vec{DC}$
② $\vec{aD} = \vec{bC}$
③ $|\vec{ab}| = |\vec{aD}|$
④ $\vec{ab}\cdot\vec{aD}=0$

① より $-2x_1 =-2Zx_2$、つまり $Z = \frac{x_1}{x_2}$
② より $Zx_2 - x_1 = -Zx_2+x_1$、つまり $Z = \frac{x_1}{x_2}$
③ より $2x_1 = \sqrt{(Zx_2 - x_1)^2 + (Z(Y+y_1)-Y)^2 + (Z-1)^2}$
④ より $-2x_1(Zx_2 - x_1) = 0$、つまり $Z = \frac{x_1}{x_2}$

これらを同時に満たすことというのは、$Z = \frac{x_1}{x_2}$ かつ $4x_1^2 = ((Z-1)Y+Zy_1)^2 + (Z-1)^2$ が成り立つことと同値。
$Y$ について解くと、$Y =\frac{-Zy_1\pm\sqrt{4x_1^2 - (Z-1)^2}}{Z-1}$

具体例で検算。空間中の 4 点 a$(1, 1, 1)$, b$(-1, 1, 1)$, C $(-1,1+\sqrt{3}, 2)$, D$(1,1+\sqrt{3},2)$ は一辺の長さ 2 の正方形を成す。これを視点 E$(0,0,0)$ で投影すると c $(-\frac{1}{2},\frac{1+\sqrt{3}}{2}, 1)$, d $(\frac{1}{2},\frac{1+\sqrt{3}}{2}, 1)$
このとき $x_1 = Y = 1,$ $Z=2,$ $x_2 = \frac{1}{2},$ $y_1 =\frac{ \sqrt{3}-1}{2} $であり、
$\frac{-Zy_1\pm\sqrt{4x_1^2 - (Z-1)^2}}{Z-1} = \frac{-\sqrt{3}+1\pm\sqrt{3}}{1} $ は、$+$ を採るとたしかに $Y$ と等しい。



「投影面上の等脚台形 a$(x_1, Y, 1)$, b$(-x_1, Y, 1)$, c$(- x_2, Y+y_1, 1)$, d$( x_2, Y+y_1, 1)$ (ただし $x_1 \ne x_2$ かつ $y_1 > 0$)が、正方形 abCD を成す 4 頂点 a$(x_1, Y, 1)$, b$(-x_1, Y, 1)$, C$(- Zx_2, Z(Y+y_1), Z)$, D$( Zx_2, Z(Y+y_1), Z)$ の像となっている」となる必要十分条件が、$Z = \frac{x_1}{x_2}, $ $Y =\frac{-Zy_1\pm\sqrt{4x_1^2 - (Z-1)^2}}{Z-1}$ であると分かった。

投影面上での作図により、直線 bc と直線 ad の交点(つまり、平行な 2 直線 bC および aD の向きに関する消失点)は V$(0,Y+\frac{Zy_{1}}{Z-1},1)$ であり、直線 bd と直線 ac の交点(つまり、正方形の対角線 bD および aC の交点 P の、投影面への像)は p$\left(0,Y+\frac{Zy_{1}}{Z+1},1\right)$ となることが分かる。
実際、正方形 abCD の中心 P というのは線分 aC の中点 $(\frac{x_1 - Zx_2}{2}, \frac{Y + Z(Y+y_1)}{2}, \frac{Z+1}{2}) = (0, \frac{Y(Z+1) + Zy_1}{2}, \frac{Z+1}{2})$ であるのだから、その投影面への像がそうなるのは当然である。


そろそろ円に入ろう。正方形 abCD に外接する円は、点 P に対して、直交する 2 つの半径ベクトル $\vec{Pa}$ および $\vec{Pb}$ をコサインとサインで混ぜて足し合わせた点によって構成されるから、 $\{\vec{P} + \vec{Pa}\cos\theta + \vec{Pb}\sin\theta \mid -\pi < \theta \le \pi \}$ と書ける。今回求めたいのは内接円なので、半径を 1/√2 倍して、$\{\vec{P} + \vec{Pa}\frac{\cos\theta}{\sqrt{2}} + \vec{Pb}\frac{\sin\theta}{\sqrt{2}} \mid -\pi < \theta \le \pi \}$

P$ (0, \frac{Y(Z+1) + Zy_1}{2}, \frac{Z+1}{2})$ a$(x_1, Y, 1)$, b$(-x_1, Y, 1)$ を用いて座標で書こう。
$ \vec{Pa} = (x_1, \frac{Y(1-Z) -Zy_1}{2}, \frac{1-Z}{2}),$ $\vec{Pb} = (-x_1, \frac{Y(1-Z) -Zy_1}{2}, \frac{1-Z}{2})$ となるので、
内接円の円周上の点は
$(x_1 \frac{\cos\theta-\sin\theta}{\sqrt{2}}, \frac{Y(Z+1) + Zy_1}{2}, \frac{Z+1}{2}) + (0, \frac{Y(1-Z) -Zy_1}{2}, \frac{1-Z}{2})\frac{\cos\theta+\sin\theta}{\sqrt{2}} $
と書き表せる。ここで $\phi = \theta + \frac{\pi}{4}$ とすると、$\cos\phi = \frac{\cos\theta-\sin\theta}{\sqrt{2}}$, $\sin\phi =\frac{\sin\theta+\cos\theta}{\sqrt{2}}$ なので、内接円の円周上の点は
$(x_1 \cos\phi, \frac{Y\bigl((1+Z)+(1-Z)\sin\phi\bigr) + Zy_1(1-\sin\phi)}{2} , \frac{(1+Z)+(1-Z)\sin\phi}{2} )$
ここで、$\frac{(1+Z)+(1-Z)\sin\phi}{2}$ の極大値および極小値は $\frac{(1+Z)\pm(1-Z)}{2} = 1 \mathrm{\ or\ }Z$ であり、$Z >0$ かつ $Z\ne 1$(なぜならば $x_1 \ne x_2$)なので、これは $1$ と $Z$ の間を動き、恒に正なサインカーブ。
省略記法 $\tilde{Z}(\phi) = \frac{(1+Z)+(1-Z)\sin\phi}{2}$ を導入することとすると、正方形 abCD に内接する円は $Q(\phi) = (x_1 \cos\phi, \frac{2Y\tilde{Z}(\phi) + Zy_1(1-\sin\phi)}{2} , \tilde{Z}(\phi) )$ なる点を集めてできたもの。

これらの点を投影面に映すと
$q(\phi) = \left(\frac{x_1 \cos\phi}{ \tilde{Z}(\phi)}, Y+\frac{ Zy_1(1-\sin\phi)}{2 \tilde{Z}(\phi)} , 1 \right)$
となる。このパラメータ表示において $\phi$ を 1 周分動かしたときの曲線 $(\tilde{x}(\phi), \tilde{y}(\phi), 1)$について考える。
透視図法による二次曲線の像は二次曲線になる。説明の都合上、いま出てきた曲線が楕円であることを一旦認め、この楕円の投影面上での bounding box を求めよう。
$\frac{d\tilde{Z}}{d\phi} = \frac{1-Z}{2}\cos\phi$
$ \frac{d\tilde{x}}{d\phi} =x_1\frac{d}{d\phi} \frac{ \cos\phi}{ \tilde{Z}}=x_1 \frac{ (-\sin\phi)\tilde{Z}-(\cos\phi)\frac{1-Z}{2}\cos\phi}{ \tilde{Z}^2} = -\frac{x_1}{ \tilde{Z}^2}\frac{\left(1-Z\right)+\left(1+Z\right)\sin \phi}{2}$
$ \frac{d\tilde{y}}{d\phi} = \frac{Zy_1}{2}\frac{d}{d\phi} \frac{ 1-\sin\phi}{ \tilde{Z}}= \frac{Zy_1}{2}\frac{ (-\cos\phi)\tilde{Z} -(1-\sin\phi) \frac{1-Z}{2}\cos\phi }{\tilde{Z}^2}= -\frac{Zy_1}{2\tilde{Z}^2}\cos\phi$

上端・下端で検算。$ \frac{d\tilde{y}}{d\phi} $ となるのは $(\cos\phi, \sin \phi) = (0, \pm 1)$ のとき。
このとき $q(\phi) = \left(0, Y+\frac{ Zy_1(1\mp 1)}{(1+Z)\pm(1-Z)} , 1 \right) = (0, Y, 1)\ \mathrm{or}\ \left(0, Y+\frac{ Zy_1\cdot 2}{2Z} , 1 \right)$
これは、それぞれ「ab の中点」と「cd の中点」(それはそう)。


左端・右端を求めよう。$ \frac{d\tilde{x}}{d\phi} =0$ となるのは $\left(1-Z\right)+\left(1+Z\right)\sin \phi = 0$ のとき、つまり $\sin \phi = -\frac{1-Z}{1+Z} = \frac{x_1-x_2}{x_1+x_2}$ であるとき。$\phi_{0}=\arcsin\left(\frac{x_{1}-x_{2}}{x_{1}+x_{2}}\right)$ と置けば、$\phi = \phi_0$ および $\phi = \pi - \phi_0$ が左端・右端であり、その座標は$\left(\pm\frac{2x_{1}\cos\phi_{0}}{(1+Z)+(1-Z)\sin\phi_{0}},Y+\frac{Zy_{1}\left(1-\sin\phi_{0}\right)}{(1+Z)+(1-Z)\sin\phi_{0}}, 1\right)$
$\sin \phi_0 = \frac{Z-1}{Z+1}$ および $\cos\phi_0 = \pm \frac{2\sqrt{Z}}{1+Z}$ を代入すると、結果として左端・右端は$\left(\pm\frac{x_{1}}{\sqrt{Z}},Y+\frac{y_{1}}{2},1\right)$となる。これは $\left(\pm\sqrt{x_{1}x_2},Y+\frac{y_{1}}{2},1\right)$ である。

結論(再掲)

投影面上の等脚台形 abcd を考える。

「この等脚台形は、正方形 ABCD の像である」と解釈できるような上手い視心の選び方が存在し、この視心は、与えられた等脚台形の対称軸の上に載っている(対称性より明らか)。以後この視点での透視図法のみを考える。

ここで、投影面上に、対称軸と平行に「上底と下底の長さの相乗平均となるような太さを有する帯」を書く。
「上底・下底・その帯の左端・その帯の右端」を bounding box とする、上下・左右対称な楕円を作図すると、「正方形に内接する円を視野の真ん中で捉えた」ときの正しい透視投影になる。

年末に焦って購入した Launchpad Mini のおかげで、私にとっての「正解」の鍵盤インターフェースを引き当てることに成功した話

TL;DR

Launchpad Mini MK3 の User モードで、一番左下を C (Octave 1) にセットし、「右に進むと半音 2 つ、上に進むと半音 5 つ」上がるというレイアウトを採用し、

  • C, D, E, G, A を白 (White; #ffffff)
  • C#, D#, F#, G#, A# を緑 (Green; #62cb47)
  • F, B を淡緑 (Green_blue; #75fbab)
  • 押されているときの色 (On colour) を濃い青 (Deep_blue)

と設定したインターフェースが、私にとって「正解」の鍵盤インターフェースでした。

利点

この「正解」インターフェースの素晴らしさは、並進対称性を有するという点にあります。要するに、盤上を平行移動して同じ運指で弾くと移調になるということです。

 

この特性は、とりわけコード弾きで絶大な効果を発揮します。

薬指・中指・人差し指で「^」の形を作って押下すれば必ずメジャーコードですし、「v」の形を作れば必ずマイナーコードです。
いわゆる 4-5-3-6 の王道進行なら、

  • とりあえず「^」の形で押下する
  • 全ての指を右に 1 マスずらし、押下する
  • 中指だけ 2 マス下に下げて、「v」の形で押下する
  • 全ての指を上に 1 マスずらし、押下する

とすれば、弾けます。

さらにいうと、コードシンボル上でもピアノ鍵盤上でも些細な差で表されるものの聴覚印象が大きく異なる Cm7・C7・CM7 が、このインターフェース上ではかなり顕著に異なる形として表現される、という点も個人的には極めて気に入っています。

メロディーを弾く上でも、「半音の移動は桂馬飛び」(上図参照)さえ意識すればスラスラ弾けます。
また、調が分からなくなっても、

  • 3 ✕ 3 のマスが全て埋まれば、
    • 左上がスケール第 4 音(階名のファ)
    • 右下がスケール第 7 音(階名のシ)
  • 横 4 連続でマスが埋まれば、
    • 左端がスケール第 4 音(階名のファ)
    • 右端がスケール第 7 音(階名のシ)

さえ把握していれば、一発で調が視えます。スケール外へと外れる修飾音は、「桂馬飛びをすると、この 3 ✕ 3 の領域から文字通り『外れる』んだな」ということが、視覚的・空間的に把握できます。

命名

さて、このインターフェースに名前がないと不便なので、名前を付けます(これをずっと「『正解』のインターフェース」と呼び続けるわけにはいきませんからね)。正六角形グリッドの isomorphic layout である Wicki–Hayden を正方形グリッドに落とし込んだ配列なので、Wicki–Hayden in a Square grid とか Wicki–Hayden in Squares とかを略して、WHiSq(ウィスク)と呼ぼうと思います。

whisk という語には、名詞「泡立て器」・他動詞「〜をさっと振る」・自動詞「素早く動く」などの語義があり*1、(私にとっての)このインターフェースの使いやすさ・手の動かしやすさを意味的にそこそこ反映した命名をすることができているように思えます。まあ、「手に馴染む泡立て器 (WHiSq)」とお覚えいただければ。

 

泡立て器 (whisk); https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Schneebesen1.JPG, licensed under the Creative CommonsAttribution-Share Alike 3.0 Unported license

得られた効用

まず、当初の想定通り、調と scale degree を分離する訓練としてかなり上手く機能しているように感じます。特に、「世界中のこどもたちが」(作詞:新沢としひこ、作曲:中川ひろたか)のように、「調性はあるけれどスケールからはみ出る半音進行がかなり多い、非ハ長調の曲」を私が理解・把握するのにかなり効果を発揮しているように思えます。

設定方法

キーマップはこのような感じです。

これの設定ファイルのサイズを確認したところ、701 バイトしかないので、Base64 と Hex でこれを貼っておくことにします。components.novationmusic.com から Download のボタンを押したときに得られるファイルは、これらから復元できるバイナリファイル(ファイル名: Wicki-Hayden.syx) です。

Base64: 8AAgKQINIABFQH8gDFdpY2tpLUhheWRlbiEBAEgAAR0AEEAAAEdIAQEVABBAAABJSAIBFQAQQAAAS0gDAR0AEEAAAE1IBAEDABBAAABPSAUBAwAQQAAAUUgGAR0AEEAAAFNIBwEVABBAAABVSAgBFQAQQAAAQkgJARUAEEAAAERICgEVABBAAABGSAsBAwAQQAAASEgMAQMAEEAAAEpIDQEDABBAAABMSA4BFQAQQAAATkgPARUAEEAAAFBIEAEVABBAAAA9SBEBFQAQQAAAP0gSAR0AEEAAAEFIEwEDABBAAABDSBQBAwAQQAAARUgVAR0AEEAAAEdIFgEVABBAAABJSBcBFQAQQAAAS0gYARUAEEAAADhIGQEVABBAAAA6SBoBAwAQQAAAPEgbAQMAEEAAAD5IHAEDABBAAABASB0BFQAQQAAAQkgeARUAEEAAAERIHwEVABBAAABGSCABFQAQQAAAM0ghAR0AEEAAADVIIgEDABBAAAA3SCMBAwAQQAAAOUgkAR0AEEAAADtIJQEVABBAAAA9SCYBFQAQQAAAP0gnAR0AEEAAAEFIKAEVABBAAAAuSCkBAwAQQAAAMEgqAQMAEEAAADJIKwEDABBAAAA0SCwBFQAQQAAANkgtARUAEEAAADhILgEVABBAAAA6SC8BAwAQQAAAPEgwAR0AEEAAAClIMQEDABBAAAArSDIBAwAQQAAALUgzAR0AEEAAAC9INAEVABBAAAAxSDUBFQAQQAAAM0g2AR0AEEAAADVINwEDABBAAAA3SDgBAwAQQAAAJEg5AQMAEEAAACZIOgEDABBAAAAoSDsBFQAQQAAAKkg8ARUAEEAAACxIPQEVABBAAAAuSD4BAwAQQAAAMEg/AQMAEEAAADJAQEBBQEJAQ0BEQEVARkBHAC0BLQIABgAHAAgABQAEQPc=

Hex: F0002029020D200045407F200C5769636B692D48617964656E2101004800011D001040000047480101150010400000494802011500104000004B4803011D00104000004D4804010300104000004F480501030010400000514806011D001040000053480701150010400000554808011500104000004248090115001040000044480A0115001040000046480B0103001040000048480C010300104000004A480D010300104000004C480E011500104000004E480F01150010400000504810011500104000003D4811011500104000003F4812011D00104000004148130103001040000043481401030010400000454815011D001040000047481601150010400000494817011500104000004B481801150010400000384819011500104000003A481A010300104000003C481B010300104000003E481C0103001040000040481D0115001040000042481E0115001040000044481F0115001040000046482001150010400000334821011D00104000003548220103001040000037482301030010400000394824011D00104000003B4825011500104000003D4826011500104000003F4827011D0010400000414828011500104000002E48290103001040000030482A0103001040000032482B0103001040000034482C0115001040000036482D0115001040000038482E011500104000003A482F010300104000003C4830011D0010400000294831010300104000002B4832010300104000002D4833011D00104000002F48340115001040000031483501150010400000334836011D001040000035483701030010400000374838010300104000002448390103001040000026483A0103001040000028483B011500104000002A483C011500104000002C483D011500104000002E483E0103001040000030483F010300104000003240404041404240434044404540464047002D012D020006000700080005000440F7

以上が、この記事で一番伝えたいことでした。

--------------キリトリセン✂--------------

独白

記事タイトルに「私にとっての『正解』」と書いたからには、「私」が音楽に関してどのような文脈を有するのかを饒舌に開示する必要があるだろう。よって、一旦独白を書き連ねる。独白部分は常体(だ・である体)で書く。

私のピアノ演奏力

私はかつてピアノを習っていたのだが、その途中、小学校3年生のときにアメリカに行くこととなり中断してしまい、それ以降ピアノ鍵盤を操作する鍛錬を一切真面目に受けてこなかった。結果として、私のピアノ熟練度は、 「弾ける」と言っても「弾けない」と言っても嘘になる、ぐらいの極めて中途半端な度合いに留まっている。特に両手を用いた演奏力がかなり乏しい。「猫ふんじゃった」の演奏にだけは努力値を振ったのでかなり演奏ができるが、汎化性能が出せておらず、それ以外の両手演奏はほぼできないと言ってよい。

相対音感とも絶対音感とも名乗りがたい中途半端さ

音楽な人々が集まると、「相対音感? 絶対音感?」といった会話が発生しがちである(主観)。しかし、これに関しても、私は中途半端な度合いとなっており、いつも答えあぐねている。

たとえば、(私にターゲティングされた)YouTube Shorts などでよく流れてくる、「同一の曲を別の調で演奏し、どの調が原曲キーかを当てる*2」というクイズは、「あんま自信ないなぁ」と思いながら選択肢を選ぶとまあ当たる、といった感じであり、これを以て「絶対音感がある」と評する人もいるだろう。

一方で、メロディーを知っている曲をピアノで鳴らそうとする際に、「えっと、ここじゃないし、これでもないし」という試行錯誤が発生することは、ままある。これを以て「絶対音感がない」と評する人もいるだろう。

母の発言から察するに、どうやら幼少期の私は固定ド(音名唱)のピアノ教室と移動ド(階名唱)のソルフェージュを両方習っていたようであり、それが尾を引いて、A Major の曲で E がスケール第 5 音として鳴ると脳が同時に「ミ」の気分と「ソ」の気分になるという状況に陥っている。

よって、ハ長調以外は私にとって認知負荷が高い。中途半端な絶対音感スキルと、中途半端な相対音感スキルが、相克して共倒れするのである。

作曲というのはただでさえ認知負荷を要する行為なので、「完成度 30% ぐらいまではハ長調で作り、ある程度骨子が固まったところで 12 面ダイスを投げて調を選び、曲の残りを作る」ということをしばしば行う。

私は量の感覚がだいぶ弱い

ピアノでの演奏に熟練していない話としてもう一つ。「鍵盤を見ずに、親指と小指を開いて二音を弾く」を五度・六度・七度・八度それぞれに対して精度よく行うことが苦手である。

思うに、これは「量の感覚がだいぶ弱い」ことに起因するのではないか。具体的には、今まではキッチン備え付けの米びつを使って「ボタンを 4 回押すと、計 4 合の米が流れこみ、容積が 4 合強の容器が満たされるので、それを炊飯釜に流し込む」という操作を行うことで、炊飯量が 4 合であることを担保できていたが、新居に移り「1 合カップに米をぴったり注ぐ」という難しめの操作を繰り返す必要が発生したせいで、ループ回数の管理をミスり米 6 合に対して目盛り 4 の水を入れて炊いてしまい、「硬めのご飯」と「どちらかというと米粉になるぐらいの硬さであり、なんならしゃもじの上に乗らない」が混交した状態で炊き上がったりした。

私は方眼が好き

コンウェイのライフゲームとかが好き。あと幼少期の私は漢点字に興味を持って手作業で表を作ったりしていた。文字コード表とかが今でも大好きなのは、やはり方眼に文字が並んでいる様子というものが私にとって極めて好奇心をそそる対象だからなのではないか。

私は音楽に関する座学がかなり好き

約 5 年前(もうそんなに経つのか)に 『理想的な弦ではなく、理想的な長い板を叩いたときの周波数比に由来する「12.3音平均律」』という記事を書いていたり、2 の 3 乗根を概算するときに 12 音平均律を経由して考えたりする話を載せたりしていることからも察しうる通り、私は西洋音楽とその構造に関する座学を摂取することには強い興味・関心があり、逆にそれゆえに座学に偏ってしまう傾向がある。

(こういう私のような人々のことを見越して、SoundQuest は明示的に「このサイトで知識を得たとして、それは学習のゴールではなくスタートだと考えてください。その知識をもって実践をして、それでようやく学習のワンサイクルが完結するのだというイメージです。」という戒めを書いているのだなぁ。)

作曲とかも、やってはいる

とはいえ、(そもそも先ほど「作曲の認知負荷」の話をしていることから容易に推察できるように)全く実践をしてこなかったわけではない。

架空伝統ゲーム「机戦」の紹介動画の BGM を作曲したりしたし、

youtu.be

 

2023 年の無色透名祭 II では有給休暇を n 日注ぎ込み、メロディ・コード・歌詞のレイヤで出せる力をだいぶ出し切って初投稿したりした。

あとは、本業の業務においても作曲をしたことがある。ZEN 大学の「人工知能活用実践」という授業で、「人間が作った曲と AI が作った曲の聞き比べ」みたいなことをやりたいとの話が来て、部署の中に作曲の心得がある人間が私しかいないので、なぜか人類代表をやる羽目になったりした。「uplifting and relaxing background music というプロンプトで長さが 1 分ぐらいの曲」をリクエストされ、

  • 電子ピアノでの試し弾き:1 分
  • 初回楽譜起こし:2 分
  • lo-fi なジャンルの作曲に入門するためのチュートリアル動画視聴:8 分
  • 再調整:3 分
  • 構想固め:12 分
  • 最終的な組み上げ:30 分

の計 56 分で 6-4-5-1 進行の曲を書いて提出したりした。

 

InstaChord の宣伝

以上は独白なので常体で書いていたが、

--------------キリトリセン✂--------------

以下はお役立ち情報を広報する意図で書いているので、敬体で書きます。

無色透名祭 II と同タイミングで、koizuka さんから存在を教えていただいた InstaChord という楽器が家に届き、ひたすら活用していました。

InstaChord は非常に使いやすく面白い電子楽器です。中央に配置されたディスプレイを挟んで、「3 行 7 列に配置されたボタン」と「6 弦を表すパッド」が配置されており、ボタンを押すことによって決定される内部状態に応じて、それぞれのパッドがどの音に対応するかが動的に決まるという仕組みになっています。
21 個のボタンのうち、特に重要な役割を担うのが、中央部分にある 6 つのボタン。

https://instachord.com/overview/why_professional/ より引用

この 6 つのボタンは、それぞれ「ダイアトニックな三和音 I ii iii IV VI vi」*3 に対応し、その左にある「〜」キーを押すとメジャーコードとマイナーコードが入れ替わる、というインターフェースです。

6 弦パッドよりもさらに外側には、移調ボタンと楽器選定ボタンがあり、移調ボタンで調を選んでその上でのダイアトニックコード(およびそれから派生する様々なコード)を弾ける、という楽器です。

なお、メロディーを弾くモードもあります。

https://kantan-music.notion.site/1d8fffa809fc45928826a5f17574331a

以上を見ると、なぜ WHiSq が私にとってこれほどまでに「正解」であったかが分かるかと思います。

  • スケール 1・2・3 番目の 1 マス上にスケール 4・5・6 番目の音が配置される
  • (メロディーモードでは)オクターブが上がるときには 2 マス上がって 1 マス右に動く

というインターフェースが InstaChord によって既に提供されており、私は既にそれに馴染んでいたのです。

いかにして Launchpad にたどり着いたのか

InstaChord の布教を KOBA789 さん (id: koba789) にしたところ、

このような返事をいただいており、これが 2 年後に効いてきます。

2025 年 2 月につくばに 1 ヶ月弱滞在し、その際に KOBA789 さんの家を訪問、Launchpad Pro を目視確認。これのデフォルト設定は「右に 1 マス進むと半音上がり、上に 1 マス進むと半音 5 つ上がる」というものです。並進対称性がありますね。「例外のないギターのフレット」とはそういうことです。

 

以上が頭の片隅にある状態で、「2025 年 12 月 31 日までに使う必要がある、1 万 5000 円分のギフトカード」を使う必要が発生し、締切直前に Launchpad Mini を買い、今に至るのです。

余談:音色や楽器構成について

以上、お役立ち情報の広報でした。

--------------キリトリセン✂--------------

以下ふたたび独白なので、常体とする。

無色透名祭 II を通じて、メロディ・コード・歌詞のレイヤにおいては出せる力を出し切る経験をできた一方で、音色や楽器構成などといった『私が取れてないレイヤ』を研鑽することで更に『良い』ものを目指すモチベは現在に至るまで発生していない。

 

このことについての、私と Mycelithyl さん (はてなブログ id: mycelithyl)との会話ログを一部転記する。

hsjoihs — 2025/10/01 19:17
情動が足らんので、なにか作ってもそれを磨けないんですよねぇ 「ここが気に入らない」感が発生してくれないことによる弊害

まいせりしるき — 2025/10/01 19:19
「ここが気に入らない」感の欠如、不憫でもあり、羨ましくもあり

hsjoihs — 2025/10/01 19:21
文章については「ここが気に入らない」の感覚が私は極めて鋭敏であるがゆえに、それと対比することで、音色や楽器構成といったレイヤについては私は「ここが気に入らない」感がかなり欠如しているということを自覚できる

 

ところで、ありがたいことに、無色透名祭 II 当時、以下のような感想ツイートをいただくことができ、

「伝えたい部分はきちんと伝達できていて感動を与えることができた。一方で、音色や楽器構成についての技術や磨き欲が足りないため……」という気分にはなっている。

なお、当該ツイートに対して「作曲者です。お聞きくださりありがとうございます。初めて作った曲であって不足する部分が多かったですけれど、気に入っていただけてあまりにもうれしいです」という返信をしたところ、

「次回作も기대하겠습니다(期待しています/楽しみにしています)!」といただけた。

기대に応えることが、未だにできていないなぁ。

 

 

 

*1:語釈は「オーレックス英和辞典 第2版」より引用

*2:動画作者側がよくわかっていないのか、ラスサビ前の転調が存在する曲に対してこれを出題してしまっている場合があり、そういうのに遭遇すると「いや 1 回目は①だけど最後は③だろうが」という気持ちになる

*3:SoundQuest 方言では「基調和音」という名前がついている

未来の日本語で起きそうな現象

前提

英語において、 tr-, dr-, str- の先頭の子音がそれぞれ ch-, j-, sh- のように発音されうるという現象が知られている。

www.youtube.com

www.youtube.com

さて、この破擦化した発音の tr- というのは、「標準中国語において、漢語拼音で ch- と書かれる音」と似通っており、一例を挙げるなら人名 Trump は台湾では「川普」(漢語拼音:Chuānpǔ)と表記されることが一般的となっている。

 

ところで、ベトナム語の北部方言では、表記上 tr- で始まる音節と表記上 ch- で始まる音節は、全く同一に発音され区別されず、日本語話者にとってチャ行として聞き取られる音で発音される。
しかしながら、日本語で行われる報道は一般的に Trần「陳」という姓を「トラン」と転写するし、

 

Nha Trang(対応する漢字は「芽荘」、日本語話者には「ニャチャン」と聞こえるであろう音で読まれる)という都市名に由来する Nhatrangin A という名前の化合物が日本語では「ニハトランギン」と表記されることになっていたりする。

blog.livedoor.jp

本題

英語によって(そして、日本語圏において生の英語の音を潤沢に聞けるような環境が津々浦々に整備されたことによって)、「⟨tr-⟩ という綴りはチャ行に似た音を表す」という convention がどんどんと日本語圏に定着していると言えるだろう。

「スペイン語を教えるときに、その convention が定着しているせいで学習の妨げになる」という旨の発言を、以下に引用。

ところで、英語の ⟨tr-⟩ という綴りを日本語に転写するときには、「ト」の仮名の後にラ行の仮名を置くのが最も一般的である。最初期の借用では tree を「ツリー」と転写する例もあったが、今や新規の語の借用は「ト + ラ行仮名」でしか行われない。

ここにさらにベトナム語における「トラン」などの例が加わり、数世代が経つと、「ト + ラ行仮名」というのは、チャ行に似た ⟨tr-⟩ [t̠͡ɹ̝̠̊] という音を書き表すために用いられる表記だとして認識されるようになるのではないだろうか。

 

昭和・平成生まれの人々は、

- ⟨chance⟩ /t͡ʃæns/ に由来する ⟨チャンス⟩ を [t͡ɕãːs(ɨ)] と読む

- ⟨trance⟩, ⟨trans⟩ /tɹæns/ に由来する ⟨トランス⟩ を [toɾãːs(ɨ)] と読む

 

という convention を採用していたが、我々の数世代後の日本語話者は

 

- ⟨chance⟩ [t͡ʃæns] を表す仮名 ⟨チャンス⟩ は [t͡ɕãːs(ɨ)] と読む

- ⟨trance⟩, ⟨trans⟩ [t̠͡ɹ̝̠̊æns] を表す仮名 ⟨トランス⟩ は [ʈ͡ʂãːs(ɨ)] と読む

 

という流儀を採用するのではないか。

要するに、文字の上での ⟨chance⟩ = ⟨チャンス⟩ および ⟨trance⟩, ⟨trans⟩ = ⟨トランス⟩ という対応関係を維持し続けつつ、英語の助力を以て、 漢語拼音でいう ⟨j-⟩, ⟨q-⟩, ⟨x-⟩ vs. ⟨zh-⟩, ⟨ch-⟩, ⟨sh-⟩ の区別をいずれ日本語も獲得するのではないか。

 

一般に、文字というのは極めて保守的である。日本語が仮名を捨てることはかなり考えにくい。発音が時間とともに移ろうにつれて、「文字がどのような発音を表すのか」という convention が変化していくことで、保守的な文字体系を保ちつつ、その時代にあった口語を書き表していくのである。

 

convention が変化して「⟨トランス⟩ とは [ʈ͡ʂãːs(ɨ)] と読む」という対応関係が新たにしっかりと確立されてしまえば、それが当然となっている新世代においては、標準中国語の教材などを書く上で


- 掐(漢語拼音 qiā)は、⟨チャンス⟩ [t͡ɕãːs(ɨ)] の冒頭と似た音を持つのだから、当然「掐」には ⟨チャー⟩ とルビを振る

- 差(漢語拼音 chā)は、⟨トランス⟩ [ʈ͡ʂãːs(ɨ)] の冒頭と似た音を持つのだから、当然「差」には ⟨トラー⟩ とルビを振る

 

という流儀が当たり前になるのではなかろうか。

昭和・平成生まれの人々にとっては、 ⟨トラー⟩ と書かれると [toɾaː] としか読めず、漢語拼音 chā を表す表記として甚だ不適であるように感じるだろうが、未来の日本語ではこれが当たり前になると私は信じる。

小書きラ行

⟨トランス⟩ の読みとして [toɾãːs(ɨ)] と [ʈ͡ʂãːs(ɨ)] が併用され、

- [ʈ͡ʂãːs(ɨ)] というのは単に「気取った」発音であって、日本語の仮名としては [toɾãːs(ɨ)] と読むのが正則だよね

と認識されているような期間においては、[toɾa] と [ʈ͡ʂa] がともに ⟨トラ⟩ と表記されていても支障はないであろうし、むしろその方が便利であろう。

しかし、[toɾa] と [ʈ͡ʂa] が完全に分離した後に、たとえば標準中国語「差不多」(漢語拼音 chàbuduō)がそのまま借用されて「大差ない」の意味の語として [ʈ͡ʂaːbɯdoː] が流行語として用いられるようになったりしてくると、話が変わってくる。これを仮名で綴るときに(未来の世代にとって)素直な表記として ⟨トラブドウ⟩ と書くと 🐯🍇みたいになってしまう、という問題が発生する。⟨トランス⟩ は十分英語っぽい見た目の語なので [ʈ͡ʂãːs(ɨ)] としか読めないが、 ⟨トラブドウ⟩ はあんま見た目が英語っぽくないので [toɾabɯdoː] と読まれてしまうおそれがある。

逆に、⟨トリカブト⟩ という語を見て、「カタカナで ⟨トリ⟩ と書いてあるんだから、当然 retreat という英単語の真ん中みたいに『ʈ͡ʂiカブト』と読むはずだ」という方向の誤読も発生してしまう。

そうなると、2000 年に JIS X 0213 に収録され、2002 年に Unicode 3.2 に収録された、アイヌ語のための小書きラ行文字が転用されるのではないか。

- [t͡ɕãːs(ɨ)] は ⟨チャンス⟩、掐(漢語拼音 qiā)のルビは ⟨チャー⟩ 
- [ʈ͡ʂãːs(ɨ)] は ⟨トㇻンス⟩、差(漢語拼音 chā)のルビは ⟨トㇻー⟩

という表記が定着する時代が、いつか来るのではないか。

宣伝

以上の話は、前々から私の頭の中にぼんやりとあった話なのですが、

 

りちゃさん (はてなブログ id:Licjar_Xeymelloz)が 21 世紀後半を舞台として描いた小説の校閲を私が担当した際に、

retreat の音写を「リツリート」と書いていたことに対して、『retreat の音写であると私は解釈しているのですが、tr- を「ツr-」で取るのはかなり初期の借用に限られるように思われて、違和感がありました。』というレビューコメントをつけさせていただいたことをきっかけに、(そして、このことを考えつつ、私は私で寄稿する原稿が書き上がっていないなぁと少々焦りながら深夜に街を歩いていた際に)アイデアが固まったものです。

なお、私も私で同一の合同誌に英語での SF 小説「ŋ-」(4279 words) とそれの和訳「疑母」を寄稿しています。

11 月 22 日と 11 月 24 日に販売し、2026 年 2 月 14 日現在は売り切れとなっていますが、

isdn.jp

gradierwerk.github.io

1 月 15 日に入居した私の新居にて、2 月 9 日に表紙へのアルミシート貼付(手動)が行われ、後日シルクスクリーン印刷(手動)も行われたと聞くので、ほどなく再販されることでしょう。

 

語学と私 (part3.5) ― IDIEZという、比較的思想の強い団体が提供するナワトル語教育を3学期間受けた感想 ―

2025 年 12 月 14 日の hsjoihs からのお知らせ:

以下の記事は、4 年半前に書こうとして、永久に先延ばしにし続けたものを、ついに 2025 年の年末になって、今の私の記憶の総力を用いて適宜必要な文脈を補って公開しようというものです。とはいえ、かなり時が経過していることもあり、当時の文脈を必ずしも正しく思い起こせていない可能性が高いことにご留意ください。

4 年前に書こうとしてそのまま公開せずにいたということを示すスクショ

以下、2025 年の私が後知恵で語っている部分は、紫色で書きます。

 


part 1, part 2, part 3 はそれぞれこちら。

 

hsjoihs.hatenablog.com

 

 

hsjoihs.hatenablog.com

 

 

hsjoihs.hatenablog.com


2022 年の年末に公開した part 4 はこちら。なお、今回の記事の内容は(2025 年に書かれていながら) part 4 よりも昔の話であるため、遡及的に part 3.5 ということになった。 

hsjoihs.hatenablog.com

 

前回(これはpart 3 のこと)の冒頭には「前回までで、ナワトル語の授業を履修することにしたきっかけについては記述したので、以降はその授業がどんな感じであり、履修してどうであったかについて書く。」と書いたが、なんと驚くべきことに「授業がどんな感じであり、履修してどうであったかについて」書かずに前回の記事が終了してしまった。そういうこともある。

 

さて、前回で「古典ナワトル語 vs. 現代ワステカナワトル語 vs. 現代の他のナワトル語」「IDIEZ」「正書法規則」の3つの概念を提示できた。ここまでお膳立てを整えたことにより、やっとこさ本筋に言及できるのである。

IDIEZの気合い

 IDIEZ はめちゃめちゃ気合いの入っている団体である。どれくらい気合いが入っているかというと、

 

一言語辞書というのは、たとえば「広辞苑」が日本語で日本語を解説する辞書であるのと同様に、現代ワステカナワトル語で現代ワステカナワトル語を解説しているという意味である。辞書本体は 

http://www.revitalization.al.uw.edu.pl/Content/Uploaded/Documents/06072016-578bcfcf-5d70-4db1-a2ac-7c7509d30072.pdf にある。

 

たとえば、先頭には

Nahuatl quipiya cempohualli huan nahui piltlahcuiloltzitzin:
a, ā, c, ch, cu/uc, e, ē, h, hu/uh, i, ī, l, m, n, o, ō, p, qu, t, tl, tz, x, y huan z

「ナワトル語は24個のアルファベットを持ちます:a, ā, c, ch, cu/uc, e, ē, h, hu/uh, i, ī, l, m, n, o, ō, p, qu, t, tl, tz, x, y と z」と書いてある。ここで、「アルファベット」と訳出した pīltlahcuilōltzitzin (ピールトラハクィロールツィツィ) は、tlahcuilōlli (トラハクィローリ)「書かれたもの」に対して、ものの小さいバージョンを表す*1 pil- ... -tzin の複数形 pil- ... -tzitzin を付けて構成されている。こうやって文法用語とかを組み立てつつ、644ページの辞書を書き上げる情熱はすごいと思う。

 

IDIEZの思想

このように、極めて情熱に溢れた IDIEZ は、それゆえ「どの綴字法を採用するか?」という観点について意識的に意志決定を行っている。

 

IDIEZ 以外の団体が行う現代ナワトル語教育は、/k/ の音を表すために k の文字を用い、/w/ の音を表すために w の文字を用いることが一般的であるようであり、たとえば Facebook などでナワトル語の用例を調べると k や w を用いた綴りが圧倒的に多く使われているという印象を受ける。

 

しかしながら、前回(もちろん、part 3 のこと)紹介したとおり、IDIEZ は現代ワステカナワトル語を表記する際には「古典ナワトル語で用いられた表記法」に強く寄せた綴りを用いる。
スペイン語は本来 k や w といった文字を全く用いない言語であったため、当然ながら古典ナワトル語の表記にはこれらの文字は登場せず、また /s/ の音を表すために当時は s を少々使いづらい諸事情 *2 があったことにより、それらの伝統を汲む IDIEZ においては、カ行・サ行・クヮ行・ワ行の表記が以下のような体系になる。

ca
カ
qui
キ
-c
-ク
que
ケ
co
コ
za
サ
ci
スィ
-z
-ス
ce
セ
zo
ソ
cua
クヮ
cui
クィ
-uc
-クゥ
cue
クェ
hua
ワ
hui
ウィ
-uh
-ゥ
hue
ウェ

このような綴字法を採用することは、当然ながら学習者にとっては負荷となる。

比較対象として、Secretaría de Educación Pública (以下 SEP)が用いる綴字法では、こうなる。 *3

ka
カ
ki
キ
-k
-ク
ke
ケ
ko
コ
sa
サ
si
スィ
-s
-ス
se
セ
so
ソ
kwa
クヮ
kwi
クィ
-kw
-クゥ
kwe
クェ
wa
ワ
wi
ウィ
-w
-ゥ
we
ウェ

SEP の用いる流儀のほうがシンプルであり、特に英語教育やローマ字入力などに慣れている日本語話者の皆様にとっては学びやすいことこの上ないことがご納得いただけるであろう。

 

しかしながら、「ca / qui / -c / que / co を用いる表記法で現代ナワトル語に慣れ親しめば、過去から受け継がれてきた文字資料を読んだりする助けになる」との考えから、IDIEZ はこのような(学習者にとって負荷となるであろう)表記を用いているとのことである。

利点と欠点

IDIEZ のこの意図は、私にとっては有利なものであった。
高校生の頃に国際言語学オリンピックの日本代表をやっていた際、与えられたヒントを元に、古典ナワトル語が20進法(つまり、496 だったら「4つの100と9つの10と6」として表現するのではなく、「1つの400と4つの20と16 *4」として表現する)であることを把握せよ、という問題をブルガリアの大学の一室でひたすら解いていたことで*5古典ナワトル語の綴字法に既に若干慣れており、
大学に入ってからは Mitchara さんの宣伝ツイートにほいほいと乗っかって An Introduction to Classical Nahuatl by Michel Launey, translated and adapted by Christopher Mackay の Kindle 版を買い、

組版が劣悪で後悔し、

この「どうせあなたがたは死ぬまでに一度はナワトル語を学ぶのですから」という文言に乗せられて紙でも買い、全ページに目を通したことがあったからである。

 

しかしながら、一緒に授業を受けていた人々の大半は、この利点を享受することができず、むしろ「k や w を用いる綴り」さえ採用していれば発生しなかったであろう誤った発音がいつまでも抜けない者ばかりであった。

これは要するに、

  • 「正書法規則が与えられているので、それに基づいて綴りから正しい音を復元せよ」
  • 「今日からこの言語をやります。この言語の正書法規則はこうなので、この綴りにはこの発音が対応し、この綴り字を見たらこう発音してください」

というのを脳にたくさんサクッとインストールした経験(つまり、「新規に語学を始める」という経験)に私は長けていたため困らなかったが、そうでない圧倒的多数の人にとっては誤読を誘発してナワトル語の正しい発音の習得を阻害しうる、という話である。

 

結論と考察…として2021年の私が位置づけていたが、全く結論にも考察にもなっていない、謎の文章

やはり、語学というのは私にとって一種の礼拝行為であるという感触を得ることができました。語学をやるのが好きであるから語学をやっているわけではないということですね。そりゃまあ世間一般の人に比べれば語学に対する抵抗感は少ないかもしれない(論拠:Amazonの欲しいものリストに語学書を入れたことがあるという事実)ですし、世間一般の人はどうやら語学というものに忌避感を覚えているっぽいのでそれに比べれば相対的には好きの部類に入るのかもしれませんが、個人的な感触としては私にとって語学というのは「やってて楽しい」の部分は2%ぐらいしかないんじゃないでしょうか。…と2021年の私は書いてますが、これ低く見積りすぎじゃないかなぁ。「やってて楽しい」の部分、15%〜35%ぐらいはありそうな気がしていますが、まあ自分の心情って別に自分でも分からないので、この定量化の試みは無意味です。

 

このことを実感したのは、この前(こんな社会情勢にも関わらず)突発的に筑波大学を訪問(して学生寮に1泊外泊)した際に@KOBA789と話していたときだと思っております。曰く、「(2021年の私はここに『ここに引用が入る』って書き残しているんですが、4年半が経過して文脈を完全に忘却しました)」。この話を聞き、あー私が語学書の全ページに目を通す(この行為に「読む」という動詞を用いていないことに注意。つまりそういうことです)際と似ているなぁという気持ちになりました。

 

さて、「楽しいからやっているというのは主要因ではない」ということの説明は長々と書いたわけですが、「礼拝行為である」と表現した理由はまだ書いていませんね。ということで書きます。…とだけ2021年の私は書いて丸投げしているんですが、とりあえずpart3.5をさっさと固めてしまいたいので、「礼拝行為である」と書いた理由についてはpart5以降に回したいと思います。

 

ところで、2021 年当時の私って、いったい何を思ってこのセクションに「結論と考察」と名付けているんですかね? 単に「試験前なのに単語を詰め込めていない!」という焦りでこういう文章を生みだしているんですかね? このセクションだけ「です・ます」体であるのもちょっと気になります。

*1:指小辞という。説明が面倒なので例を出していくと、ビオラとバイオリンの関係。オペラとオペレッタの関係。パンとパニーニの関係。ホモ[サピエンス]とホムンクルスの関係。ペッパーとペペロンチーノの関係(?)。カサ[ブランカ]とカジノの関係(???)。[無敵艦隊]アルマダとアルマジロの関係(?????)。うん余計にわかんなくなったね♪

*2:詳細は割愛。とりあえずPhonological history of Spanish coronal fricatives - Wikipediaを読んでいただきたい

*3:https://site.inali.gob.mx/INALIDhuchlab/assets/files/cartel_alfabeto_Nawatlatolli-nahuatl.pdf などを参考にした。

*4:実際は5進-20進なので、「1つの400と4つの20と15と1」

*5:なお、その問題文は長音の ō を ö と表記しており、当時の私は öme「2」を [øme] と脳内で発音しながら問題を解いていたことを今でも覚えている。

(0,0), (2,0), (X,Y) の 3 点を通る双曲線とその軸を媒介変数表示する

最近は数理空間トポスというところで「準チューター」をやっているのですが、

数理空間 “τόπος”(トポス) - STAFF

その際に遭遇した話を、少々整理して、ひとつメモしておきます。

提示された話題

3 点を固定する。その 3 点を通る様々な双曲線を描いたとき、「双曲線の軸が必ずこの点を通る」というような定点は存在するか。

私がまず考えたこと

力学的考察(ケプラー運動の軌跡)は一切使い物にならなそうだったので却下。極座標で調べようとすると平行移動がキツそうなので却下。

漸近線なら「双曲線を  (a_1x+b_1y+c_1)(a_2x+b_2y+c_2) = d と表示したときの  a_1x+b_1y+c_1 = 0 および  a_2x+b_2y+c_2 = 0 」と書けるが、軸をサクッと表示する方法とか知らないな。

自由度を数えよう。二次曲線の式  Ax^{2} + 2Bxy + Cy^{2} + 2Dx + 2Ey + F = 0 は 6 パラメータに見えるが、定数倍の自由度があるから実質 5 パラメータ。さらに 3 点で 3 つの条件が増えるから、2 パラメータ分の自由度が残るはず。「2 つもパラメータを動かせて定点通過が保証される」なんて流石に虫が良すぎるのでは。

決断

数学科のみならず物理学科も出ているのだから、少々長い式変形を恐れてはいけない。elegant よりも elephant。上手い座標系を選んでゴリ押し計算だ。

解答(前半):パラメタ表示

3 点が同一直線上に存在する場合は、そもそもその 3 点を通る双曲線は存在しない(証明のスケッチ:2 次方程式には実数解は最大 2 つしかないため)ので、空虚な真となる。

ja.wikipedia.org

以後、3 点が同一直線上にない場合のみについて考える。

拡縮・回転により、3 点のうち 2 点を  (0,0) および  (2,0) に配置する。このときの残りの 1 点の座標を  (X,Y) とすると  Y \ne 0(3 点が同一直線上にないため)。

二次曲線の式  Ax^{2} + 2Bxy + Cy^{2} + 2Dx + 2Ey + F = 0 に  (x,y) = (0,0), (2,0) を代入して  F = 0 および  D = -A を得る。つまり  Ax^{2} + 2Bxy + Cy^{2} = 2Ax - 2Ey と書ける。

なお、この曲線が定点  (X,Y) を通過するのだから、 E = \frac{1}{2Y}(-AX^{2} - 2BXY - CY^{2} + 2AX) が成り立つ。

さて、  Ax^{2} + 2Bxy + Cy^{2} = 2Ax - 2Ey 、つまり

 
\begin{pmatrix}x & y\end{pmatrix}\begin{pmatrix}A & B \\ B & C\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x \\ y\end{pmatrix} = 2\begin{pmatrix}A & -E\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x \\ y\end{pmatrix}
が双曲線を表しているのだから、対称行列  
\begin{pmatrix}A & B \\ B & C\end{pmatrix}
は正の固有値 1 つと負の固有値 1 つを持ち、行列式は負である。ところで式  Ax^{2} + 2Bxy + Cy^{2} = 2Ax - 2Ey には定数倍の自由度があるので、あらかじめ全体を  \sqrt{-\operatorname{det} \begin{pmatrix}A & B \\ B & C\end{pmatrix}} で割っておいたということにしておけば、2 つの固有値の積は  -1 であったとしてよい。

パラメタ  T, U の導入

実対称行列は回転行列によって対角化可能なので、2 つの固有値をそれぞれ  e^{U} および  -e^{-U} と置くと

 
\begin{pmatrix}A & B \\ B & C\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}\cos T & -\sin T \\ \sin T & \cos T\end{pmatrix}\begin{pmatrix}e^{U} & 0 \\ 0 & -e^{-U}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos T & \sin T \\ -\sin T & \cos T\end{pmatrix}

となる  T が取れる。なお、計算すると

 A = e^{U}\cos^{2}T-e^{-U}\sin^{2}T

 B = (e^{U} + e^{-U})\sin T \cos T = \cosh U \cdot \sin 2T

 C = e^{U}\sin^{2} T - e^{-U}\cos^{2} T

となる。

座標変換

これにより、双曲線が

 
\begin{pmatrix}x & y\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos T & -\sin T \\ \sin T & \cos T\end{pmatrix}\begin{pmatrix}e^{U} & 0 \\ 0 & -e^{-U}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos T & \sin T \\ -\sin T & \cos T\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x \\ y\end{pmatrix} = 2\begin{pmatrix}A & -E\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x \\ y\end{pmatrix}
と書けることが分かったので、 \begin{pmatrix}\tilde{x} \\ \tilde{y}\end{pmatrix} =  \begin{pmatrix}\cos T & \sin T \\ -\sin T & \cos T\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x \\ y\end{pmatrix} と置くと
 
\begin{pmatrix}\tilde{x} & \tilde{y}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}e^{U} & 0 \\ 0 & -e^{-U}\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\tilde{x} \\ \tilde{y}\end{pmatrix} = 2\begin{pmatrix}A & -E\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos T & -\sin T \\ \sin T & \cos T\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\tilde{x} \\ \tilde{y}\end{pmatrix}  = 2\begin{pmatrix}A\cos T -E\sin T & -A\sin T -E \cos T\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\tilde{x} \\ \tilde{y}\end{pmatrix}

つまり

 e^{U}\tilde{x}^2 - e^{-U}\tilde{y}^2 =  2(A\cos T -E\sin T)\tilde{x} +2(-A\sin T -E \cos T)\tilde{y}

この式を  \tilde{x} および  \tilde{y} に関して平方完成することにより、軸は

 \tilde{x}  = e^{-U}(A\cos T -E\sin T)

 \tilde{y} =  e^{U}(-A\sin T -E \cos T)

の 2 つであると分かる。

 x と  y で書いておくと

 x\cos T + y \sin T  = e^{-U}(A\cos T -E\sin T)

 x \sin T - y \cos T=  e^{U}(-A\sin T -E \cos T)

である。

図示

さて、ここで一旦解答を中断しよう。

ここまで来たら、図示すべきである。Desmos を使って図示したものがこちら。

www.desmos.com

https://www.desmos.com/calculator/ix9agypult

パラメタ  T, U をグリグリ動かすと、定点通過なんて保証されるわけがないという気持ちになる。

以上の「気持ち」を一般の場合に formalize するのは面倒だが、幸いなことに反証のためには反例を 1 つ構築すれば十分である。

ということで、計算がなるべくラクになる例を持ってきて、その上で反例を構築するのがよいだろう。

「2 直線であって双曲線ではない」の条件

ただし、きれいな値を持ってくると、往々にしてどこかの値が 0 になってしまい、困ることがある。

そういうのを踏み抜かないようにするために、先に 「2 直線であって双曲線ではない」となるための条件を求めておこう。

「 e^{U}\tilde{x}^2 - e^{-U}\tilde{y}^2 =  2(A\cos T -E\sin T)\tilde{x} +2(-A\sin T -E \cos T)\tilde{y}  を平方完成したときに、 \tilde{x} 側の定数項と \tilde{y} 側の定数項が互いを打ち消す」というのが条件であるのだから、求めるべき条件は

  e^{-U}(A\cos T -E\sin T)^{2}  = e^{U}(-A\sin T -E \cos T)^{2}

解答(後半):反例の構築

 (X, Y) = (2, -2) の場合を考える。このとき  E =  \frac{1}{2\cdot -2}(-A\cdot 2^{2} - 2B\cdot 2 \cdot -2 - C(-2)^{2} + 2A\cdot 2) = C - 2B である。

方針

パラメタ  T, U の動かし方について 3 通りの例を挙げ、「その全ての場合で双曲線の軸が通過している定点」なるものが存在しないことを示す。

 T = 0 と固定し、 U については実数全体を動かしたとき

このとき \cos T = 1,  \sin T = 0 であり、当然  A = e^{U},  B = 0,  C = -e^{-U} となる。 E = C - 2B =  -e^{-U} である。

双曲線が成立しなくなる条件は  e^{-U}A^{2}  = e^{U}(-E)^{2} を整理して  e^{U} = e^{-U}。つまり  U\ne 0 であれば必ず双曲線。

このときの軸は、固定で  x = 1 および   y = -1 である。

ゆえに、「全ての場合で双曲線の軸が通過している定点」  (X_f, Y_f) が存在するならば、  X_f = 1 および  Y_f = -1 の少なくとも片方が成り立つ。

 T = \frac{\pi}{4} と固定し、 U については実数全体を動かしたとき

このとき \cos T = \sin T = \frac{1}{\sqrt{2}} であり、整理すると  A = C = \sinh U,  B = \cosh U,  E = C - 2B = \sinh U - 2\cosh U となる。

双曲線が成立しなくなる条件は  e^{-U}(A -E)^{2}  = e^{U}(-A -E)^{2} を整理して  4e^{-U} (\cosh^{2} U - 1) = 0。つまり  U\ne 0 であれば必ず双曲線。

さて、このときの軸は

 x + y = e^{-U}(\sinh U -\sinh U + 2\cosh U) = 1 + e^{-2U}

 x - y =  e^{U}(-\sinh U -\sinh U + 2\cosh U) = 2

「全ての場合で双曲線の軸が通過している定点」  (X_f, Y_f) が存在すると仮定する。
 X_f - Y_f \ne 2 と仮定する。するとこの点は  x - y = 2 上にないので、 x + y = 1 + e^{-2U} 上にはずである。しかし、 X_f + Y_f = 1 + e^{-2U} を満たす実数  U \ne 0 は高々 1 つしか存在しないので、矛盾。
ゆえに、  X_f - Y_f = 2 である。

ゆえに、「全ての場合で双曲線の軸が通過している定点」  (X_f, Y_f) が存在するならばそれは  X_f - Y_f = 2 を満たす。

 T = \frac{\pi}{3}, U = 0 のとき

整理すると  A = -\frac{1}{2}, B = \frac{\sqrt{3}}{2}, C = \frac{1}{2} である。  E = C - 2B =  \frac{1}{2} - \sqrt{3}。

軸は  x+\sqrt{3} y = \frac{5-\sqrt{3}}{2} および  \sqrt{3} x - y = \frac{3\sqrt{3}-1}{2} である。

まとめ上げ

以上より、 (X, Y) = (2, -2) の場合、 「全ての場合で双曲線の軸が通過している定点」  (X_f, Y_f) が存在するならば、

  •  X_f = 1 および  Y_f = -1 の少なくとも片方が成り立つ。
  •  (X_f, Y_f) が存在するならばそれは  X_f - Y_f = 2 を満たす。
  •  X_f+\sqrt{3} Y_f = \frac{5-\sqrt{3}}{2} および  \sqrt{3} X_f - Y_f = \frac{3\sqrt{3}-1}{2} の少なくとも片方が成り立つ。

が全て成り立つはずである。しかし、最初の 2 つの条件から  (X_f, Y_f) = (1, -1) が成り立つはずだが、それは第三の条件を満たさない。

ゆえに、  (X, Y) = (2, -2) の場合が反例となる。

副産物

副産物として、  (0,0),  (2,0),  (X,Y)  (Y \ne 0) の 3 点を通る双曲線とその軸を、2 つの実パラメタ  T, U を用いて媒介変数表示する方法が得られた。

  •  A = e^{U}\cos^{2}T-e^{-U}\sin^{2}T
  •  B = (e^{U} + e^{-U})\sin T \cos T = \cosh U \cdot \sin 2T
  •  C = e^{U}\sin^{2} T - e^{-U}\cos^{2} T
  •  E = \frac{1}{2Y}(-AX^{2} - 2BXY - CY^{2} + 2AX)

としたとき、

  • 双曲線の式:  Ax^{2} + 2Bxy + Cy^{2} - 2Ax + 2Ey = 0
  • 軸①:  x\cos T + y \sin T  = e^{-U}(A\cos T -E\sin T)
  • 軸②:  x \sin T - y \cos T=  e^{U}(-A\sin T -E \cos T)
  • 双曲線の回転中心(軸の交点):  (X_c, Y_c) = (-AC-BE, A(B+E))
  • 漸近線①:  A(x-X_c) = (-B+1)(y-Y_c)
  • 漸近線②:  A(x-X_c) = (-B-1)(y-Y_c)
  • 双曲線が成立しなくなる条件:   e^{-U}(A\cos T -E\sin T)^{2}  = e^{U}(-A\sin T -E \cos T)^{2}

となる。

先ほどの Desmos での図示には、これらも書き込んである。

www.desmos.com

https://www.desmos.com/calculator/ix9agypult

読者への演習課題

  1. 以上を示せ。(ヒント: AC-B^{2} = -1 である。)
  2. 「双曲線が成立しなくなる条件」を  TU平面上にプロットせよ。 X, Y をいろいろ動かし、どうなるか調べよ。

備考

はてなブログの Markdown モードで行列を正しく表示する上で、以下のサイトにお世話になりました。感謝を表明します。

atatat.hatenablog.com