この記事は 言語学な人々 Advent Calendar 2022 の 25 日目の記事です。
今までのあらすじ
最後にこのテーマについて記事を書いたのが 1 年半前という遅筆。今日も「アドベントカレンダーに登録したからには記事を書かなきゃなぁ」と思いつつ、昨日のワクチン接種の副反応を言い訳にスーパーマリオ 64 の A ボタン縛り TAS の通史動画を見るなどの有意義なクリスマスの過ごし方をしていたところ、
「おっ、Bismuth が新作出したか〜」と思って見始めたら 5 時間以上あった。スーパーマリオ 64 の A ボタン縛りと、その研究の大部分を一人で作り上げた pannenkoek2012 さんの活躍が非常に面白く語られている
— hsjoihs (はすじょい) @ 12月18日から東京 (@hsjoihs) 2022年12月25日
The Complete History of the A Button Challenge https://t.co/ftsmhM0h5c
このアドカレの主催者である id:yearman(まつーらとしお)さんから催促ツイートが来たので、いま大急ぎで文をしたためているというわけです。
@hsjoihs こんばんは。アドベントカレンダー(言語学な人々)の担当が今日ですが、いかがでしょうか?
— まつーらとしお (@yearman) 2022年12月25日
さて、そんな話はどうでもよくて、本題に移りましょう。
本題
詳しくは過去記事を見ていただければと思いますが、授業一覧を眺めていたところ、「今まで私の人生になんだかんだ少しだけ縁があった言語であるナワトル語の授業が開講されている」ということに気づき、履修してみることにしました。
「履修した理由が訊きたい」
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2020年10月2日
「@Mitcharaに言われて買った文法書を読破したことも一因で、あとそうそう!現代ナワトル語についての英語資料が乏しくて」
「ふむふむ」
「シラバスに『スペイン語の知識が*useful*』とあるからには要求はされていないと思って」
「そういう人を釣るためにそう書いてる」 https://t.co/JHpoMunJQD
「スペイン語でナワトル語を教える授業(スペイン語分からない人のために英語⇄スペイン語の通訳が授業内にいます)」というのに参加できて非常に勉強になったので、そういう形式でもいいから開催されると喜ぶ人は少なくないんだろうな、とは思う https://t.co/W6SjkY2KRz
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2021年3月30日
このように、1 年目は「Zoom に TA がいて、ネイティブの先生がスペイン語で話した内容を英語に同時通訳して Zoom チャットにひたすら書き込む」という方針だったのですが、2 年目になったらその TA がいなくなり、スペイン語を真面目に聞き取る必要が発生しました。
普通にスペイン語そんなにわかんないので大変で、授業も正直そんなに理解できていない気がします。その中でも特にキツかったのはこれと、
今日はナワトル語の試験があり、「あなたの街の遊びを一つ言え」とかいう苦しすぎる口頭試問があった(二人で向き合って人差し指を一本ずつ出し合い、相手の手に当てることで数が加算されていくあの遊びの解説をした)
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2021年12月2日
あとこれでしたね。
ナワトルの課題、詩を一個持ってこいと言われたので、「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」の解説をスペイン語とナワトル語でして提出。
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年4月5日
Yontlen axmocacqueh quemman totiotzitzin itztoqueh, [miac chichiltic xihuitl tlen huetzqui atlauhco] quipahqui atlauhtli tlen itocah Tatsuta.
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年4月5日
「神々のいた時に一度も聞こえてこなかった、(川へ落ちた沢山の赤い葉が)タツタという名の川を塗った」
とか訳せばまあいいんじゃなかろうか
さて、なんとか 2 年目も終わらせ、夏休み。アメリカの大学は秋学期から年度がスタートするので、次の年度の履修を確認してみたところ、SPECLANG 103A: Third- year Nahuatl- First Quarter は Last offered: Autumn 2017 と書いてあり「あー、今年は 3 年目のナワトル語の授業は開講されないのか。まあしょうがないよね。じゃあ ASL (アメリカ手話) でも取ろうかなぁ」と思っていたところ、
つまり「そっちの都合に合わせて開講するからどのタイミングなら空いてるか教えてくれ」というメールが来ました。ということで、3 年目も履修することとなったのです。
今学期の内容
三年目のナワトル語の授業、フィールドワークで蒐集されたナワトル語の物語をスペイン語訳するという構成なのだが、初っ端から祖母 (Tenantzitzimitl) が孫 (Chicomexochitl) をしょうもない理由で殺そうとしてきたし、今日の授業ではその反撃に Chicomexochitl が倉庫に登って祖母の頭上に放尿した
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年10月14日
主人公が 2 ヶ月で身長 1 メートルまで育ったり、祖母による呪殺を避けるために主人公が魚の舌を引っ張ったり、主人公の不思議なパワーで土からトウモロコシが生えてきてどれだけ引っこ抜いてもまた生えてきたりといった、様々な謎展開が毎週登場します
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年10月14日
Tenantzitzimitl が孫いびりのために網で水を汲ませようとしたところ、Chicomexochitl は超自然的な存在なのでなぜか網で水を汲むことができた。「えっわたし知らなかったけど、もしかして網って水汲めるの?」と思い、自分でやってみたら当然失敗した。これにブチ切れ、再度孫の殺害を決意する祖母
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年10月14日
悪と怒りの権化である Tenantzitzimitl を焼いて得られた灰は、死してなお邪悪の怨念がこもっているらしく、Chicomexochitl はその灰を丁寧に木の箱に入れ、一粒たりともこぼれないようにした。邪悪な灰が二度と悪事を働くことのないように、カエルに頼んでデカい湖に捨ててもらうこと。カエルは承諾
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年11月18日
とても強いカエルは、箱を背中に担いではるばる水辺へ。さて水へと捨てようと思ったとき、箱の中からトントントンと音が鳴る。開けてはならないと聞かされていたはずだが、中身が気になったカエルはちょっぴり箱を開けてチラ見しようとした。そうしたらその隙間からハエだったりが大量に飛び出てきた
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年11月18日
ハエとかクモとか、人々を怖がらせる小動物や虫がうじゃうじゃと。カエルは急いで蓋を閉じたが、既に放たれてしまったやつらはどうしようもない。そして自分の姿を見たカエルは、自らの身体中が虫に噛まれていることに気づき、全身がかゆくなった。
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年11月18日
ゆえにカエルの肌は今でもなおデコボコしているのだ
Tenantzitzimitl の命は終わったが、全て消えてなくなったわけではなく、水の中に入った箱はワニとなって、今でも人を襲うのであった
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年11月18日
ちなみに、前述の通りわたしはあんまりスペイン語ができないので、
- 渡されたナワトル語文を急いでなんとかスペイン語に逐語訳する
- その逐語訳に(主にスペイン語文法上の)誤りがあるので、それをネイティブの先生に直してもらう
- もう一度直された文を読み上げ、これで本当にいいか確認する(一般に、文字だと気づかない誤字も、耳で聞くと気づくことがあるので)
- その文を DeepL に突っ込み英文にし、「あ〜〜そういうストーリーラインなのね〜」と納得する
というプロセスでなんとか授業に喰らいついていっています。なので上記のわたしの解釈には普通に誤読があるかもしれません。
あんまり言語学の話ができていないな
そういえばこれは「言語学な人々 Advent Calendar 2022」の記事なのでした。このままでは語学記事になってしまう。(まあ「言語にまつわるエピソード,エッセイ」もオーケーとのことですが)
ということで、もうちょい言語学寄りっぽい話でもしますかね。日付が変わるまでにあんまり時間がないので、とりあえず音声の話だけ。
帯気
スペイン語と同様、オンセットの破裂音は帯気しません。
2022 年 12 月頭に「みなさん IPA で書かれた音素列を見てどれくらいいい感じに初見の言語読めるんだろう」と気になって、
teˈnant͡siˈtˡawelkʷalanˈtojakemamoˈkʷapʰkipampaʔaʃˈwel̥kikiwaˈlikaˈʔatˡʰpanˈʔajatˡʰ wannel̥kʷaˈlaŋkikemakiˈʔitakʰˈnopatˡaˈjolitˡeŋkitepehˈtehki | t͡ʃikomeˈʃot͡ʃitˡʰkitentoˈjajapaŋˈkomitˡʰ
を読み上げさせてみたところ、ゆーちきさん (id:yuchiki1000yen) がやってみてくださり、
「ガチ初見がこんな感じ」として以下の音声を、
https://cdn.discordapp.com/attachments/831728193031503933/1049305766831595531/334e4a9858e9a718.m4a
「数分練習したあと」として以下の音声を提示していただけました。
https://cdn.discordapp.com/attachments/831728193031503933/1049305870766448711/e0c38957c8d7515b.m4a
感想としては、全体的にかなり上手く読みあげられているものの、「この言語、オンセットは帯気しちゃいけないんですよね」という気持ちが第一に出てきました。
日本語はかなり有気と無気の両方が free variation で頻出する一方で、ロマンス諸語とかは「有気と無気に対立がないといえばないが、一方で有気で読まれるとそもそもめちゃめちゃ違和感がある」んだなぁというのを改めて実感しました。
『イタリア語母語話者が古典期ラテン語の発音を好まない傾向にあるのは、ラテン語の古典期発音をしていると自負している英語話者・ドイツ語話者が実は語頭無声破裂音を帯気させ母音を弱化させるからではなかろうか』 pic.twitter.com/hBOxT1ia1T
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2021年3月7日
ちなみに、https://www.sil.org/system/files/reapdata/47/26/65/47266563262242678149396571357053294485/15362.pdf に明示的に記載がある通り、コーダは帯気します。韓国語みたいな
- 입다「着る」 [ip̚t͈a̠]
- 있다「いる・ある」[it̚t͈a̠]
- 읽다「読む」[ik̚t͈a̠]
を聞き分ける苦労とは無縁。
声門閉鎖
スペイン語は母音連続の間に意地でも声門閉鎖を入れず、同じ母音が連続するときにはなめらかに繋げて読まなければなりません。
この「典型的な日本語なまり」を具体的に書きます。あのとき読まれた例文は ¿Dónde está~? という形の疑問文がいくつも並んだものでした。モデルスピーカーはこれを毎回 [ˈdon.des.ˈta] と3音節で発音していました。スペイン語母語話者は必ずそう発音します。(1/2) https://t.co/Xx8gK5PuEt
— Takuya Kimura 1962 (@1962Kimura) 2021年9月7日
しかし上川さんは一貫して dónde と está の間に声門閉鎖を入れ、 [ˈhttps://t.co/3jSk1QeJZx.ʔes.ˈta] と発音し、そのつど「同じでしょ?」とドヤっていました。この声門閉鎖を入れる発音は日本語母語話者と英語母語話者の両方に観察される悪い発音です。(2/2)
— Takuya Kimura 1962 (@1962Kimura) 2021年9月7日
しかし、ワステカナワトル語では二つの母音が形態素をまたいで連続するときには間に声門閉鎖が挟まれるという現象があり(先述の https://www.sil.org/system/files/reapdata/47/26/65/47266563262242678149396571357053294485/15362.pdf にもそう書いてある)、その影響なのか、スペイン語で va a comprar とかを言う際にも先生は a の前に声門閉鎖を入れていました。
o と u
ナワトル語*1は o と u を区別しません。それが如実に現れていたのが、1 年目の授業で先生が未来形の解説をしているときのこの一枚。
スペイン語では未来を futuro というのですが、ご覧の通り、右では futuro と綴っているにも関わらず、左では foturo となっています。なるほどなぁ。
感想
ナワトル語学習歴ももう 3 年目に入りましたが、なんだかんだ面白くて貴重な経験ができていると思います。
まず、意外とインターネットにはナワトル語話者もいるので、普通に書く機会は探せばあります。
Piyali tlamachtihquetl. Pan xihuitl tlen macuiltzontli huan cempohualli, nipeuhqui nimomachtiz Nahuatlahtolli tlen Chicontepec, Veracruz. Quichihuaz curso, ninehnehuilia nopa ohuih, zanpampa Duolingo quipiya curso tlen Guaraní. Melahua oncaz curso tlen Nahuatlahtolli tlen panoz.
— hsjoihs (はすじょい) @ 年度末まで低浮上 (@sosoBOTpi) 2022年7月24日
あと、単純に話のネタとしてウケがいいというのもあります。アボカドとかワカモレとかコヨーテの語源の話をするもよし、実はスペイン植民地時代のメキシコでは結構長い間ナワトル語で裁判とかの行政をやっていた話をするもよし、フランス語の文法書がこの世に生まれるよりも前にナワトル語の文法書が在ったという話もよし。
さらに、わたしは「人間の言語ってどういう挙動をするんだろう?」という問いに対するデータセットをなるべく脳内に蓄えたいというモチベがあるので、語学書とかを買いまくって乱読したりしているのですが、
こういう文法書の乱読をして「面白かった〜」とだけなって単語を 3 つだけ覚えて終わるような語学の向き合い方だけではなく、テストを課されて単語暗記を強要されて真面目に文を読み書きできるようになる語学というのをやれたのは良かったと思っています。
よし、現在 23:59!
*1:というか、古典ナワトル語とワステカナワトル語。他の方言では区別するところもあるらしい